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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3889号 判決

原告

野村育男

右訴訟代理人弁護士

原山恵子

被告

名古屋近鉄タクシー株式会社

右代表者代表取締役

早川重雄

右訴訟代理人弁護士

河内尚明

西川正志

主文

一  被告は、原告に対し金一三万七六〇〇円及びこれに対する平成二年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇五万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日(平成二年一月一七日)の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、一般乗用旅客自動車運送事業等を営む株式会社であり、原告は、昭和四五年一〇月、被告にタクシー乗務員として入社した。

2  未払賃金

(一) 年次有給休暇の時季指定

原告は、被告に対し、次のとおり時季を指定して、年次有給休暇を請求した(以下「本件年休請求」という。)。

(1) 昭和六〇年一二月三一日から昭和六一年一月三日までの四日間

(2) 昭和六一年一二月三一日から昭和六二年一月三日までの四日間

(3) 昭和六二年一二月三一日から昭和六三年一月三日までの四日間

(4) 昭和六三年一二月三〇日から昭和六四年一月二日までの四日間

(二) 被告の欠勤処理、賃金不支給

原告が、右(一)の各期間(合計一六日間)に出勤しなかったところ、被告は、この期間の原告をいずれも欠勤として処理した。その結果、原告は、一六日分の賃金四八〇〇円(一日当たり三〇〇円)及び夏期一時金五万一二〇〇円(一日当たり三二〇〇円)の支給を受けることができなかった。

3  慰謝料請求

被告は、原告の本件年休請求に対して、時季変更権を行使したとして、原告を欠勤扱いしたものであるが、被告の時季変更権の行使は正当な理由のない違法・無効なものである。原告は、被告に対し、被告の違法な処置の是正を求めて活動したが、被告は何ら改めなかった。

原告は、右のとおり、被告の時季変更権の行使及びその後の原告の活動に対する被告の対応において、被告から違法かつ不当な取扱を受けたものであり、これにより多大なる経済的・精神的苦痛を受けた。この苦痛に対する慰謝料額は、少なくとも一〇〇万円を下らない。

4  よって、原告は、被告に対し、雇用契約に基づく未払賃金及び夏期一時金の合計額五万六〇〇〇円及び不法行為に基づく慰謝料一〇〇万円並びにこれらに対する履行期の経過後であることが明らかな本件訴状送達の日(平成二年一月一七日)の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認める。同(二)のうち、原告が支給を受けられなかった金額の合計が五万六〇〇〇円であることは否認し、その余の事実は認める。被告は、原告の平成元年夏期一時金については本件に関係する欠勤分を全く控除しておらず、本件に関係する欠勤処理に伴って控除したものは、一六日分の賃金及び夏期一時金一二日分の合計三万七六〇〇円である。

3  請求原因3、4は争う。

三  抗弁

1  時季変更権の行使

被告は、原告の本件年休請求に対して、各年一二月二八日以前か、あるいは一月四日(ただし、昭和六二年は一月五日)以降に年次有給休暇を取得するように時季変更権を行使した(以下「本件時季変更権行使」という。)。

2  正当事由

本件時季変更権行使は、以下のとおり、被告の事業の正常な運営と被告の事業の公共性の観点から適正になされたものである。

(一) 全車稼働の必要性

(1) 一般的事情

① タクシー事業は、その事業自体が持つ公共的意義から、タクシー車両の確実な供給が必要とされているところ、本件時季変更権行使の当時は、社会全体としてのタクシーの供給不足が言われていた社会背景がある。

タクシー業界一般において、社会状況の変化から、年末年始において年次有給休暇を指定する乗務員が多数にのぼってきており、特に、いわゆる中小のタクシー企業は、年末年始には休業・休車が多くなる。

したがって、年末年始の時期においては、一層全体的なタクシーの総稼働車両数が減少するため、利用者の立場からみると、利用可能なタクシーが少なく、容易に確保できない状況となる。

② 本件時季変更権行使の時期は、いずれも年末年始という最も公共交通の確保が必要な時期である。この年末年始の時期は、非日常性の移動という特殊な要素がある。

③ タクシー事業は許認可事業であり、行政監査もあるところ、中部運輸局愛知陸運支局長から名古屋タクシー協会会長宛に、平成元年一一月二八日付で、「年末年始等タクシー繁忙期への対応について」と題する書面(〈書証番号略〉)により、タクシーの供給確保という一般的な要請の外、特に駅構内への配車や夜間の需要への対応を要請されている。

よって、本件時季変更権行使の当時は、できるかぎり多数のタクシーを供給すべきことがタクシー事業者に対する社会的要請として存在していたものである。

(2) 被告の特殊性

① 被告は、近畿日本鉄道株式会社(以下「近鉄」という。)の関連会社であり、鉄道(駅構内ないしタクシー乗り場)に接続する稼働タクシーの確保は、被告の業務自体にとり直接的な重大関心事となる。また、近鉄沿線には、伊勢神宮が存在することから、初詣のために鉄道を利用する客が多く、年末年始における稼働タクシー確保の要請は強い。

② 被告は、タクシー車両を多数保有するいわゆる「大手」のタクシー事業者であるから、稼働タクシーの供給確保の社会的要請に応えるべき社会的責任が大きい。

よって、本件時季変更権行使の適法性を判断する前提として、稼働タクシー車両の確保、鉄道との接続といった、被告の事業の公共的側面及び被告自体の設立目的についても、被告の業務の内容に直接関連するものとして考慮されなければならない。

(3) 現実の状況

① 供給状況

いわゆる中小のタクシー企業は、年末年始には休業・休車が多くなるので、全体的なタクシーの総稼働車両が減少するため、利用者の立場からみると、利用可能なタクシーが少なく、容易に確保できない状況となる。

② 需要状況

年末年始の時期は、タクシーの需要は、時間と場所によってばらつきがあるが、日中においては、通常の平日に比べても需要及び水揚げは多い。

すなわち、一二月三〇、三一日においては、昼間は買い出しのために貸切りで利用される車両も多く、夜間は近鉄電車が終夜運転するので、近鉄各駅構内に確実に配車する必要があり、一月一ないし三日においては、初詣や挨拶廻りなどで通常と異なった需要が存在する。

③ クレーム

被告は、前記のとおり近鉄の関連会社であることから、駅構内にタクシーの配車がないと、乗客からだけでなく、近鉄本社からもクレームを受けることとなる。特に、年末年始の時季には、飲酒者や非業務的利用者が多いので通常よりもクレームがつきやすい。

(4) 以上のとおり、本件時季変更権行使の当時は、被告としては、被告の全てのタクシー車両を稼働させる必要があったものである。

(二) 代替乗務員確保の困難性

(1) 代替乗務員の確保の問題点

タクシー業務においては、乗務員には、①第二種運転免許を受けていること、②市内地理に詳しいこと、③安全教育がなされていること、などの要件が必要であり、④タクシーは一人乗務であるから補助員を補充すれば済むといった問題ではなく、また、被告としても、⑤安全管理及び金銭管理を伴うことから、代替乗務員としては、被告の乗務員以外は妥当ではない。したがって、被告としては、代替乗務員としてアルバイトなどの臨時採用で対応することはできず、被告の乗務員以外にこれを求めることは困難であることから、当日に乗務を要しない非番の乗務員に交代乗務の希望を募ったり、乗務経験のある非乗務員(管理職、営業職、修理工場勤務者等)に乗務を要請したりすることとなる。

(2) 時期的な制約

年末年始における全車稼働の必要性は時期的に限定されていることから、被告としてはこれを前提に乗務員の配置を行うことはできない。また、非番の乗務員についても、年末年始の時期は、自分自身が休みたいので、交代乗務を希望するものはほとんど存在しないし(予め定められた交番表により、乗務員の勤務する日は決められているので、非番の乗務員に対して業務命令により代替乗務を強制することはできない。)、非乗務員については、安全性の問題から必ずしも妥当ではない。原告は、被告の黄金営業所に配属されていたが、他の営業所も年末年始の事情は同様であるから、他の営業所に応援を依頼することもできない。

(三) 休暇希望の増大及び被告の対応

(1) 被告が本件時季変更権を行使した当時以前には、被告においても、次第に年末年始に年次有給休暇の時季指定を希望する乗務員が多数にのぼって来ていたところ、タクシーの休車数が増えたため、タクシー利用者や近鉄本社からクレームが増え、被告の事業運営に支障を来していた。

本件時季変更権行使の直前である昭和六〇年ころが、右状況が最も深刻な時期であった。

(2) 組合との協議

右の状況に対応するため、被告は、名古屋近鉄タクシー労働組合との間で協議し、その結果、労働組合は、年末年始は年次有給休暇の時季指定は例外的な場合を除いては行わないよう協力し、被告は、輸送手当て及び出勤奨励金という経済的代償措置を採ることとする旨の協定(以下「本件協定」という。)が成立した。原告は、右労働組合に所属していたのであるから、本件協定の趣旨を尊重すべきである。

仮にも、労使間に本件協定が成立していなければ、年末年始においては、タクシー乗務員から時季指定するものが続出し、一〇台から一五台の休車が出ることは確実であったのであり、そのような状況になれば、被告の業務に重大な支障が生じることは明らかである。

労使が協力して、年末年始の繁忙期に対応するように本件協定が合意され、他の組合員が本件協定に従って協力しているのに、原告だけがその趣旨を無視して年末年始に時季指定することを被告がそのまま認めることは、他の組合員との公平を欠くこととなり、また、他の組合員までが時季指定するようになり、本件協定が無意味になってしまうおそれがある。

(四) 本件時季変更権行使の程度、原告に与える影響

被告は、原告の年次有給休暇の取得を一切認めないとしているものではなく、年末年始という特別の事情が存在する時期を避けて時季指定するよう、本件時季変更権を行使したものであり、行使の方法・程度としては、必要最小限のものに止まるよう配慮している。被告は、原告が被告による本件時季変更権を無視して欠勤したにもかかわらず、原告に対しては、何らかの制裁措置を採っておらず、単に欠勤部分の賃金カットをしたのみであり、勤務成績等にも影響させていない。

(五) 結論

以上によれば、原告が指定した時季に年次有給休暇を与えるとすれば、原告が本来乗務すべきタクシーを稼働させることが不可能となり、また、被告の他の乗務員の間からも休暇希望者が多数生ずることとなり、被告の事業の正常な運営に、直接的にも間接的にも妨げとなることは明らかであるから、被告の本件時季変更権の行使は適正かつ有効である。

四  抗弁に対する認否反論等

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2(一)について

原告が、本件において時季指定した時期に、被告のタクシーが全車稼働する必要性があったとの主張は否認する。一般的に、毎年一二月二八日ころから翌年一月三日ころまでの間は、タクシーの需要が多いということはなく、むしろ供給過剰である。被告の鉄道関連との特殊性についても、駅構内のタクシーの配車が不足するということはない。

いわゆる年末年始の繁忙期は、年末では一二月二〇日前後ころのことであり、年始では一月一〇日前後のことであって、〈書証番号略〉おける「年末年始等タクシー繁忙期」についても、この時期を意味するものである。

3  抗弁2(二)について

被告は、原告の時季指定に対して、形式的に認められないと言うのみで、実際に原告の代替乗務員確保のために努力したことはない。

4  抗弁2(三) について

(一) 年末年始について、被告が全社的に休暇制限したのは、昭和六〇年から昭和六四年の間の年末年始だけであった。被告において、昭和六〇年末から昭和六一年始にかけて年次有給休暇の時季指定を請求した者は、延べ二〇ないし三〇名であり、被告は原告外一名に時季変更権を行使したのみであり、昭和六一年末から昭和六二年始にかけて年次有給休暇の時季指定を請求した者は、延べ二〇名くらいであるが、被告は原告のみに時季変更権を行使した。被告が本件時季変更権を行使した当時ないしそれ以前ころにおいては、年末年始に年次有給休暇の時季指定を希望する乗務員が多数にのぼったことによって、時季変更権を行使しなければならないほどに被告の事業運営に支障を来していたことはなかった。したがって、原告の本件年休請求を認めても、被告の事業の正常な運営を妨げることは全くなかった。

(二) 被告と名古屋近鉄タクシー労働組合との間に本件協定が成立したことは否認する。〈〈書証番号略〉の各書面と同様の右組合から被告に対する要望書は、昭和六〇年以前から提出されているものであるし、これに対する輸送手当て及び出勤奨励金等も昭和六〇年以前から実施されていたものである。

本件協定は、法的な拘束力をもつ労働協約ではないから、その効力が原告に及ぶことはない。その点を別にしても、本件協定には、年末年始における休暇制限が明示されていない。被告は、原告も、被告と組合との間に協議がなされた趣旨を尊重すべきであると主張するが、労働者にとっての年次有給休暇の重要性に照らせば、労働者個人の意思と無関係に、使用者と組合との間の協議によって、労働者の時季指定権を制約することはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(一)の事実及び同(二)のうち原告が支給を受けられなかった金額を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。

原告が支給を受けられなかった金額については、金三万七六〇〇円の範囲では、被告もこれを争わず、これを超える金額については、これを認めるに足りる証拠はない。

3  請求原因3については、本件時季変更権行使の適否にかかわっているので、後に検討する。

二抗弁について

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  本件時季変更権行使の適否(抗弁2)について

(一) 年次有給休暇の請求権は、労働基準法三九条一項ないし三項の要件が充足されることによって法律上当然に労働者に生ずる権利であり、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定したときは、客観的に同条四項ただし書(昭和六二年法九九号による改正前の同条三項但書、以下同じ。)所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、右の指定によって年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅する。したがって、使用者が時季変更権を行使するに際しては、同条四項ただし書に規定する「事業の正常な運営を妨げる場合」の要件が客観的に存在していることが必要となるが、ここで「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、労働基準法三九条の趣旨が、右のとおり、使用者に対し、できるかぎり労働者が指定した時季に休暇を取得することができるよう、状況に応じた配慮をするよう要請したものであることに鑑みると、当該休暇取得により、単に一般的・抽象的に業務に支障の生ずるおそれがあるといった程度の事由では足りないのであって、少なくとも業務に対し具体的な支障の生ずるおそれがあることが客観的に窺えることが必要である。そして、右要件の存否の判断に当たっては、当該労働者の所属する事業所の規模、業務内容、当該労働者の担当する職務の内容、指定された休暇中に予想される業務量の多寡、代替要員確保の難易、時季を同じくして休暇を指定している他の労働者の員数、休暇取得に関するこれまでの慣行等の諸般の事情を考慮して合理的に判断するのが相当である。

(二)  そこで、右見地から、本件時季変更権行使の当否につき判断することになるが、被告は、原告の本件年休取得によって、被告の業務に具体的な支障が生ずるおそれがある事情として、本件年休請求期間において、被告としては、その保有するタクシーの全車両を稼働させなければならない業務上の必要性が存在していたところ、原告が休暇を取得すれば、全車両を稼働させることが不可能となる旨主張するので、この点につきまず検討する。

(1) 〈書証番号略〉、証人大杉彌吉及び証人大西克巳の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

① 被告は近鉄の系列に属する名古屋地方における大手タクシー会社である。昭和六〇年ころの被告黄金営業所における保有車両台数は約九〇台で乗務員は約一八一名であり、昭和六三年ころの保有車両台数は約九〇台で、乗務員は一六〇数名であった。同営業所における殆どの乗務員は隔日勤務であったから、一台の車両に2.33人位の乗務員が必要であった。原告は入社以来、被告黄金営業所の乗務員として、交番表に従って勤務していたものである。

② 毎年、年末の一二月二〇日前後は、忘年会等でタクシーの需要が多くなり、年始の一月一〇日前後は、新年会や企業の挨拶回り等でタクシーの需要が多くなる。

しかし、年末の官庁の御用納めの日を過ぎた後から年始の官庁及び企業の仕事始めまでは、一部の年末の買い出しや年始の初詣、挨拶回りを除いては、タクシーの需要は少なくなる。

③ 年末年始における、タクシー一車両の一日当たりの水揚げは、年末の一二月二〇日前後及び年始の一月一〇日前後のタクシーの需要が多いときには多く、年末の御用納めの日を過ぎた後から年始の仕事始めまでのタクシーの需要が少ないときには、通常の平日を下回る傾向にある。被告から年末年始に出勤したタクシー乗務員に支給される輸送手当及び出勤奨励金についてみても、年末の一二月一六日ないし一七日から同月二七日ないし二八日までの期間を対象とする輸送手当については、これが支給されるための要件として、通常の営業日に営収手当を支給されるとほぼ同様の走行粁またはそれ以上の営収の達成が要件とされているが、一二月三一日から翌年一月三日までの期間出勤した者に対し支給されることになっている出勤奨励金については、(公休日及び非番日に乗務した場合)特に達成すべき要件はなく、緩やかなものになっている。

④ タクシー需要の少ない期間中においては、いわゆる中小のタクシー事業者及び個人事業者においては、休車とするものが多く、タクシー車両の供給は少なくなるが、需給の均衡としては、なお供給過剰気味であり、被告が近鉄など関連会社から要請されている駅構内及びタクシー乗り場へのタクシーの配車は十分存在し、流しのタクシー車両も多い。

⑤ 平成元年一一月二八日付で、中部運輸局愛知陸運支局長名義で名古屋タクシー協会会長宛に、「年末年始等タクシー繁忙期への対応について」と題する書面〈書証番号略〉により、タクシーの供給確保及び駅構内への配車や夜間の需要への対応が要請されており、また、同趣旨の要請が毎年、口頭ないし書面によりなされていたが、右要請における「年末年始等タクシー繁忙期」とは、単に形式的に年末年始の時期をいうのではなく、右時期の中でも前記①及び②に認定のタクシーの需要の多い時期を指すものと解されるところ、本件年休請求のなされたころにおける監督官庁からの要請の趣旨も同様であったと推測される。

(2) 右①ないし⑤に認定の各事実及び弁論の全趣旨によれば、被告が、年末年始のタクシー繁忙期においては、当時のタクシー事業を巡る社会的状況並びに被告の大手タクシー事業者としての社会的責任及び鉄道関連企業としての特殊性に対する配慮から、実際に繁忙であるか否かにかかわらず、その保有タクシーの全車両もしくはこれに近い多数の車両を稼働させるべき必要性があるものと考えていたことが認められる。しかし、原告が本件年休請求をした各期間については、前記のとおりいずれも実際にはタクシーの繁忙期と認めることはできないというのであるから、客観的には、被告において、その保有するタクシーの全車両を稼働させなければならない業務上の必要性があったものと認めることはできないということになる。したがって、右のような業務上の必要性の存在を前提に、本件年休請求をそのまま許容することが、被告の業務に対し具体的な支障を生じさせるおそれがあるとの理由でなした本件時季変更権の行使は、その余につき判断するまでもなく、違法との評価を免れないものである。

(3) 次に、被告は、原告の本件年休請求を許容すれば、被告の他の乗務員にまで影響し、年末年始の年次有給休暇請求者が増大するおそれがある旨主張するが、原告が本件年休請求権を行使した当時、被告黄金営業所における年次有給休暇請求が、具体的に増大する状況にあったことを窺わせるに足りる証拠はない。仮に、実際にそのような事態が生じた場合は、むしろ被告としては、その時点において、各乗務員間での時季指定の調整をする等して、乗務員の年次有給休暇請求権の実効ある解決を図るべきが筋合いであって、そのような努力を尽くさないまま、単にこうした年次有給休暇を請求する者の増大をおそれて、時季変更権を行使するようなことは許されないところである。

ちなみに、被告は、本件年休請求以前において、実際に多数の年次有給休暇請求者の時季指定の調整に苦慮したことはなく、原告の本件年休請求に対しても、ただ形式的に「全社休暇制限中」として、乗務員の年次有給休暇請求に一律に制限を加えていたことが認められるのであって、かかる被告の年次有給休暇請求に対する姿勢は、前記労働者にとっての年次有給休暇の重要性に鑑みると、年次有給休暇請求権に対する理解を欠いたものと評価されてもやむをない。

(4) なお、被告は、組合との間に締結した本件協定により、組合員である原告の本件年休請求権が制約されるべき所以を縷々主張するけれども、被告が指摘する書面の形式に照らしても、これが正式の労働協約と認めることはできないし、他に被告主張のような労働協約の締結されたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告は右協定における合意の趣旨が尊重されるべき旨主張するけれども、本件協定が、被告主張のような個々の労働者に認められた年次有給休暇請求権に制約を加える趣旨を含むものとは認められないから、この点の被告の主張も採用できない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁には理由がないから、これを採用することはできない。

三慰謝料について

本件証拠によって認められる、原告が本件年休請求をした経緯、これに対する被告側の対応、原告が現実に休暇を取得した事実、これに対する被告の対応(休暇期間を欠勤扱いとして処理したが、格別の処分はしていないこと等)、原告が労働基準監督署に相談に行った事実及びそれに関連しての原告・被告間の交渉等に関する事情を総合し、原告の被った不利益、特に年次有給休暇の意義及びこれを取得する権利の重要性並びに被告の行為の違法性の程度等を併せ考えれば、本件についての原告の慰謝料としては、金一〇万円を妥当と認める。

四以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、未払賃金等の合計額三万七六〇〇円及び慰謝料一〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田晧一 裁判官潮見直之 裁判官菱田泰信は、転補のため署名、捺印することができない。裁判長裁判官福田晧一)

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